菜箸は「長い箸」ではない
菜箸は、食事用の箸を長くしただけの道具ではない。動きの文法そのものが違う別の道具であり、手がそれを覚えると、トングは鈍器のように感じられるようになる。
フライパンの縁に置かれた一組の菜箸は、長さ三十二センチ、無塗装の竹でできており、片端は短い赤い綿の紐で結ばれている。九年来、私の手元にある。先端は揚げ油の熱で炭のように黒く焦げ、竹そのものは、日々使い込まれた道具に特有の、うっすらと蝋を引いたような光沢を帯びている。これなしでは料理ができない。旅先で西洋式の道具しか揃っていない台所に立つと、一時間もしないうちに、そこにない道具に手が伸びていることに気づく。代わりに差し出されたトングや穴あきスプーンは、シャベルで穴を掘るような仕事をしてくれる――一応用は足りるが、鈍く、繊細さがない。日本の菜箸は、食事用の箸を長く伸ばしたものではない。まったく別の道具なのだ。
まず、長さである。菜箸はおよそ三十センチから三十三センチ、一般家庭の食卓に置かれる二十三センチの食事用の箸のほぼ倍に当たる。この長さは、柄の長いスプーンが「届かせるため」に長いのとは違う。料理人の手を食材の熱の届く範囲の外に置きつつ、道具の先端だけをその範囲に入れるためにある。百八十度の油の鍋、二百二十度の輻射熱を放つフライパン、百度の飽和水蒸気を噴き上げる蒸し器――日本の台所の作業面は、手を入れられない領域に満ちている。だが三十センチの先端なら入っていける。料理人は熱から心地よい距離に立ち、食材は熱の中で扱われる。動作に行き当たりばったりのものは何ひとつなく、幾何そのものが道具に組み込まれている。
素材は長さと同じくらい重要である。標準的な菜箸は竹、ときに杉やその他の軽い堅木で作られ、この素材選びこそが菜箸を西洋のあらゆる類似品と隔てている。金属は熱を伝える。熱したフライパンに置きっぱなしのステンレストングは、数秒のうちにその熱を料理人の手に直接伝えてくる。だから縁に置く、柄を布巾で包む、指が金属に触れる時間を短く区切る――そんな小技を早々に覚えることになる。竹は、実用的な意味では熱を伝えない。菜箸の先端は百八十度の油の中に長い揚げ時間ずっと入れていられて、握っている側は始まりから終わりまで体温のままだ。これは小さな便利さではない。金属の道具を使う料理人なら短い介入の連続を強いられるような温度で、食材を絶え間なく、慌てずに扱えるということであり、料理人の注意は手ではなく食材に向いていられるということでもある。
幾何と素材が同時にもたらすのは、てこではなく繊細さである。トングは突き詰めればクランプだ。掴む。二本の腕が対象を挟み、摩擦と圧力で持ち上げる。これは重いステーキや骨付きの鶏腿肉のような場面では正しい仕掛けだが、別の場面ではまったく不適切だ。菜箸は掴まない。食事用の箸をそのまま拡大したような繊細さで、一点だけを摘み上げる。鍛えられた菜箸使いなら、百八十度の油の中で揚がっている大豆を、両隣の豆に触れることなく一粒だけ持ち上げられる。同じ料理人なら、重なった海苔の中から一枚だけ、付け合わせの中から春菊を一枚だけ、出汁を張った椀の上の漉し器から溶き卵の一筋だけを、そのまま持ち上げられる。トングのてこの原理ではこれらは何ひとつ成立しない。菜箸の繊細さは、それらすべてを日常の動作にする。
揚げ物の伝統こそ、この差がもっとも目に見える場である。日本のてんぷらや唐揚げの職人は何世紀ものあいだ菜箸を使ってきたが、それは伝統だからではなく、機構的に正しい道具だからである。百八十度の油から上がってきたてんぷら――海老、茄子の輪切り、紫蘇の葉――は、構造的にきわめて脆い。衣は外側だけが固まっていてかろうじてつながっており、中の食材は繊細で、わずかでも圧をかければ衣にひびが入るか、油が押し込まれて中身まで染みてしまう。トングは掴んで押さえつける。衣が崩れる。菜箸は一片の長さの上の一点だけを摘み、すっと持ち上げて油を切る。身が潰れることもなく、衣から油が押し出されることもなく、道具が触れた痕跡も残らない。油が形作ったままの姿で、それは網に着地する。日本の道具が、道具自身の構造を食材に押しつけるのではなく、食材の構造を保とうとする傾向については、別の場所で日本の包丁はなぜ違う切り方になるのかに書いた。菜箸もその一族である。
盛り付けの役割は菜箸の語彙のもう半分であり、西洋の料理人のほとんどが触れることのない領域でもある。日本料理の仕上げは、生け花と同じだけの注意を払って盛りの瞬間に構成される。意図を持って、特定の角度で、互いに特定の距離をとって配される。そして、その置き手はほとんどの場合、調理用の菜箸よりも細く、先端の尖った菜箸である。動作は下向きに、優しく、食材は落とすのではなく置く。料理人の手と皿との関係は、移すのではなく置くことの関係である。トングではこれはできない。スプーンでも不完全にしかできない。やはり箸が、この所作のために存在する道具なのだ。
文献での記録は、多くの人が思うよりも古い。一六四三年に刊行された『料理物語』――宮中ではなく実働の台所に向けた現存最古級の和食料理書のひとつ――は、油や火の上で食材を扱うための長い竹の箸の使い方に言及しており、本格的な台所ならこの道具がすでに標準であることを前提としている。つまり、現代の形にきわめて近い菜箸は、少なくとも四百年にわたって日本の職業用台所の一部であり続けてきた。それは徳川幕府が権力の整理を終えるよりも前、新大陸のトマトがヨーロッパに渡って調理されるよりも前、現代の西洋台所にある金属柄の道具のどれもがまだ発明されていなかった時代から、ということになる。出汁の鍋と菜箸は同じ系譜を共有している。出汁の側の系譜については出汁を難しくしないでとる方法に書いた。
私自身の台所には三組ある。揚げ物用の長い一組、一般調理と混ぜ用の中くらいの一組、盛り付け用の短くて先の細い一組である。どれもトングやヘラとは交換可能ではなく、一年間使い続けたあとに、私が教えたどの料理人もトングを最初に手を伸ばす道具に戻したことはない。手が箸を覚える。台所が静かになる。仕事が終わったとき、皿の上の料理は、まるで道具など何も触れていないかのような姿でそこにある。
