レシピは料理ではない──スナップ写真と会話のちがい
レシピは、ある料理人がある瞬間に下した判断の一枚のスナップ写真である。料理とは、目の前の条件が変わったときに、そのスナップ写真を変える能力のことだ。
京都の小さな料亭で初めて板場に入った日、煮方の親方は私に魚一尾と包丁を手渡し、「焼きに掛けられるように仕立てておけ」とだけ言った。彼はレシピを渡さなかった。塩の量も言わなかった。時間も言わなかった。私が尋ねると、彼は、空気をどれだけ吸えばいいのかと聞かれたような顔をした。「魚が教えてくれる」と言って、隣の場へ移っていった。彼が完全な答えを渡してくれたのだと理解するまでに、およそ半年かかった。その晩の目の前の魚は、同じ仕入先の先週の魚より太っているか、痩せていた。手元の塩は隣の場の塩と粒の大きさが違った。湿気の多い七月の京都の夜の厨房の湿度は、乾いた十月の朝の湿度とは違った。これらの変数のどれも、誰の書いたレシピにも載っておらず、しかもすべてが結果を左右した。レシピは魚が何を必要としているかを教えてくれない。魚なら教えてくれる。
私はこのことを、英語で書かれた日本料理の本を読むたびに考える。書かれた指示と、日本の厨房が実際にしていることの間にある隔たりは、多くの読者が考えているより広い。そして、その隔たりにはほとんど悪意がない。これは翻訳問題なのだが、誤訳されているのは語彙ではない。「テクストと料理人の関係」のほうが誤訳されている。1896年のファニー・ファーマー『ボストン料理学校料理書』と、その平準化計量への伝道によって結晶化した英語圏のレシピの伝統は、読者には足場が必要だと前提する──正確な数値、正確な時間、正確な温度。読者は初心者として想定されている。場合によっては台所にひとり、肩越しに覗き込む先輩の料理人もいない。これは本物の達成であり、軽んじるつもりはない。英語圏のスタイルのレシピに寄りかからずに初めて挑むのは気が引ける料理もある。だが足場は建物ではない。小さじは味付けではない。味付けとは舌の上の結果のことで、小さじはそこへ至る無数の経路のうちの一つにすぎない。
日本の台所の語彙は、絶えずこの区別を指し示している。日本のレシピの中で実際の仕事の大半を担っている動詞は加減で、英語にきれいに対応する語はない。校正の意味であり、その都度の補正の意味でもある。火加減は熱の調整──鍋の底の褐変が中の火通りより速くなり始めたときに、轟音から呟きに小さく落とすこと。塩加減は塩の調整──味を見て直し、もう一度味を見ること。一度測って立ち去ることではない。味加減は、料理全体の風味を、それがあるべき姿に向けて整える、より大きな校正である。連れの語である適量──「ふさわしい量」──は、英訳された日本の料理書において最もよく読み違えられる指示だ。これは曖昧さではない。意図的な指示である。今日、目の前の素材で、この料理を「ちょうどよい」と感じられる量まで持っていけ、ということだ。数字は料理の中にあり、レシピの中にはない。これについては料理本を日本のシェフのように読む方法でより詳しく書いた。あの一篇が、この一篇の実践編になっている。
隔たりには歴史的な理由がある。日本の料理書の伝統は一般に思われているより古く、しかも初心者を読者と想定したことが一度もない。『料理物語』は1643年に刊行された。これはプロの間のメモのように読める──素材、手順、意図、ときどき「ここで失敗しがちだ」という注意。1785年の『万宝料理秘密箱』、いわゆる「卵百珍」は、ひとつの食材について百以上の調理法を並べた本で、開く前に読者がすでに卵の扱いを知っていることを前提していた。江戸の料理屋の実践を明治初期にまとめた『温知集』も、長年現場の厨房で過ごし、技術の手ほどきではなく分量と段取りを必要としている料理人のために書かれた。何世紀にもわたり、この伝統は修業の存在を前提し続けてきた。テクストは、読者が自分で供給できないもの──馴染みのない取り合わせ、構造的な手順、歴史的な先例──を供給し、残りは料理人の鍛えられた舌に任せた。
修業の型には、日本の厨房における名と形がある。若い料理人は何年もの間、小さい仕事──野菜、出汁、盛り付け──を担い、ようやく魚に包丁を入れることを許される。その間に学ぶものは、どの料理書にも書かれていない。引き上げる頃合いを掴んだ出汁と、外した出汁の見た目の違い。揚げ油が適温に達した音と、半度低い音の違い。香りのピークを越えて熱された醤油の匂い。きちんと吸水した生地の手応え。何ひとつ神秘ではない。やはり統計の話だ。何千回もの繰り返しが、校正された参照群を作り、ある日の新しい一回の試みを、その群に照らして判断する。年配の料理人がやがてこの知から書き起こすレシピは、必然的にスケッチである。料理の充足は校正の中に住んでおり、校正は「加減」と「適量」以外の形では書けない──それらはレシピの欠落ではなく、料理が本当に起きている場所を指し示すレシピの一部である。
書かれたレシピの限界は──日本のものであれ他のものであれ──書き手の素材と条件が、読み手のそれと一致していると前提しなければならない点にある。ほぼ一致しない。醤油の塩分はブランドにより最大で約二倍違う。あるブランドの小さじ一杯は、別のブランドの小さじ一杯とは意味のある形で違う。豚肩肉の脂の量は、別の街にいるレシピ執筆者には見えない。五月のトマトは八月のトマトではない。台所の湿度は粉の吸水を変える。ある住所のガスコンロは、レシピがテストされたコンロとは違う火力を出す。これらの変数が存在しないふりをし、まるで安定しているかのように0.1g単位で料理を指定するのは、働く料理人なら舌で感じ取れる種類の虚偽を書き込むことだ。日本の台所は、ここで正直であることを選ぶ。その正直さは外部の読者には曖昧さに見える。逆である。これは精度の引っ越しであって──ページから料理人へ。
これが『レシピなしで料理する』が可視化しようとしている隔たりであり、大人の家庭の料理人なら自分が思っているよりずっと容易に越えられる隔たりだと思う。シフトは技術的なものではない。解釈的なものだ。レシピは契約であることをやめ、不在の著者と、目の前の料理人と、まな板の上の料理という第三者との、三者の会話になる。著者はその料理が歴史的にどんなものであったかを伝え、料理人は手元の材料で今日、その料理にもう一度なるために何が必要かを料理自身に問う。この読み方をするなら、レシピなしで料理するは英語圏的な意味での料理書ではなく、料理は本当のところ誰のものなのか、についての実践された論考に近い。一年このやり方でレシピを読めば、英語圏の料理人が日本料理に対して抱きがちな苛立ちのほとんどは解け、残るのは、最初からずっと教えられていたただ一つのこと──味を見る責任と、味を見る自由──である。
