賃金としてのビール——古代エジプトが編み出した労働の知恵
壮大な文明を築いた古代エジプトでは、労働者への報酬として、しばしばビールが支払われていた。奇異に映るこの慣行は、当時の社会経済を支える合理的な仕組みでもあった。
巨大なモニュメントを残した文明として知られる古代エジプトでは、労働者への賃金がしばしばビールという形で支払われていた。現代の感覚からすれば奇妙に映るこの慣行は、しかし当時においては合理的であり、社会経済を成り立たせるために不可欠なものでもあった。この一事は、食と労働と共同体をめぐる、人類文明の関係について何を語っているのだろうか。
第四王朝期、紀元前二五八〇年から二五六〇年頃に着手されたギザの大ピラミッド建設には、想像を絶する規模の労働力が必要とされた。数万人にのぼる労働者が過酷な環境のもとで石を運び続けたと推定されており、彼らを動かすには、いつか支払われるという賃金の約束だけでは到底足りなかったはずだ。彼らには日々の配給が与えられ、その中心にビールがあったと考えられている。各地の遺跡から発掘される醸造の残滓を含む考古学的証拠は、ビールが食生活の基盤であると同時に、ある種の通貨でもあったことを示している(Hoffman, 2018)。一日あたりの配給は概ね四から五リットル。労働者の身体を養い、渇きを癒すと同時に、ビールには社会的な機能も担わされていた。
ビールは単なる栄養源ではなかった。それは古代エジプト人の儀礼にも日常にも深く編み込まれていた。労働者階級の食卓に至るまで、ビールを飲むことは広く根づいた習慣であったことが多くの史料に残されている。過酷な労働を強いられた人々にとって、ビールは身体を支えるだけでなく、心を慰める慰藉でもあり、仲間との絆を育み、士気を保つよすがでもあった。ビールを囲む集いは共同体の意識を醸成し、巨大建築に挑むこの社会を内側から結びつける糸となった。
社会的な役割に加え、ビールで賃金を支払うという仕組みは経済的にも実利にかなっていた。ビールはほとんど通貨のように機能していたのである。それは生活必需品と交換しうる商品であり、こうした制度のもとでは労働市場の障壁が緩和され、人々は壮大な事業に従事しながらも、生きるための糧を確保することができた(Hassan, 1999)。さらに醸造を維持するには熟練した職人が必要であり、そこにまた新たな雇用が生まれ、経済活動が活発化し、社会の安定を支える構造が築かれていった。
労働と糧をめぐるこの仕組みからは、人間の必要をめぐる洗練された理解が透けて見える。身体の養いと社会的な養いの双方を重んじた社会は、結果として繁栄した。エジプト人は、ビールという栄養と共同性を兼ね備えた糧をもって労働に報いることで、生産性と社会的結びつきの双方を高めうることを、知らずして実践していた。それは、職場環境や従業員の満足度をめぐる現代の議論にも、なお響くものを含んでいる。
この古代の慣行を振り返るとき、私たちは自らの経済が今なお掲げる価値観を問い直さずにはいられない。金銭による報酬のみを優位に置き、共同性や養いを背景へと追いやってきたことで、私たちは何を失ってきたのだろうか。この古い知恵にもう一度耳を澄ますことは、労働と糧をふたたび結び直し、現代の暮らしの中に静かな豊かさを取り戻すための、ひとつの手がかりとなるかもしれない。
